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共産党の方は中ソ対立についてどう思っているの

1 :革命的名無しさん:2005/05/29(日) 23:18:52
どっちの味方? 中国それともソ連?

2 :革命的名無しさん:2005/05/29(日) 23:30:41
まんこ

3 :革命的名無しさん:2005/05/29(日) 23:31:42
解説すれば長くなるが、聞きたい?

4 :革命的名無しさん:2005/05/29(日) 23:51:05
>>3
うん

5 :革命的名無しさん:2005/05/30(月) 00:03:14
むかしむかし、共産主義運動は一枚岩だった時代がありました。
日本共産党内には、それぞれ影響を受けた先、その世代の流行などにより、ソ連派、中国派などが混在していました。
中ソ対立が顕在化したのち、党内はややこしい事になっていきます。
六全協(共産党が武装闘争路線を正式に捨てた)以後、党改革のリーダーと見なされていた宮本顕治が軸となって事態は推移します。
まず、宮顕派と中国派が手を結び、ソ連派(+構造改革派)を放逐、放逐された部分は別党を目指しますが、100%ソ連大好きな「日本の声」派と構造改革派・ネオマルクス主義派による共労党へと分岐していきます。(1966年)
次に、宮顕派が、文化大革命を批判し、中国派を放逐します。中国派はいくつかの人脈的分岐をとげます。(1968年)
以後、宮顕独裁体制がされ、宮顕批判者は事実上、党内に存在できなくなります。
1972年に処分された「新日和見主義派」は、当時は共産党は「北朝鮮派」であると主張していましたが、当時の関係者は「そのような実態は全く存在しなかった」と証言しています。

6 :革命的名無しさん:2005/05/30(月) 00:08:11
以後、日本共産党は「自主独立路線」を称しています。
唯一、盟友としていたのは、ルーマニアのチャウシェスクの党でした。
この「自主独立路線」は「労働者階級」という主体の上に「国民」という主体を置く路線であり、スターリンよりもはるかに一国主義的で、共産主義運動の歴史的経緯からみると、社会民主主義路線の亜流であるといえましょう。

7 :革命的名無しさん:2005/05/30(月) 00:12:38
参考文献・
戦後日本共産党私記 文春文庫
安東 仁兵衛 (著)
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4167244039/qid=1117379449/sr=1-1/ref=sr_1_0_1/249-8932684-8563522

66年に「ネオマル派」で放逐された人物です

8 :革命的名無しさん:2005/05/30(月) 00:17:15
1の最も聞きたいであろう事については、

日本共産党はソ連共産党とも中国共産党とも、相互に交流できない程度に極めて仲が悪かった

という事です。

9 :革命的名無しさん:2005/05/30(月) 01:19:55
結局、 >>2 が一番的を得た答えだな

10 :革命的名無しさん:2005/05/30(月) 03:53:32
「日本共産党は独自路線だもんね〜おとうちゃん」が口ぐせの反戦ネットワーク、LPG(ねっw)。私、父の「熊吉」でございます。今、大きな声ではいえない事情があり網走に居をかまえています。
あれでも、子供の時から何不自由なく育て、純真で優しい子供になりましたのに、いつの頃からか大阪の「黒目」と称する方の影響を受け、親の言うことを聞かなくなってしまいました。
黒目という方は近所のイタズラ好きの子どもたちに、「この、非国民!」といわれ道頓堀川に投げ込まれること、数えきれないとか。私が網走に来る前も、毎日息子に電話をよこして、
「LPGよ〜、馬鹿はかぜをひかないというけど、あれ嘘だぜ、おれ、昨日川に投げ込まれてかぜをひいてしまった、LPGはいつも「おいら馬鹿だから絶対にかぜひかない!」と
自慢しているけど注意した方がいいぞ」と優しく励ましていました。産後すぐに息子の異常に気づき産婦人科医に聞いた所、「熊吉さん、あなたが泥酔して奥さんに挑んだため
着床した時点で能にアルコールが回ってしまったらしく、私たちはどうすることも出来ませんでした」といわれた途端、涙があふれて来てしまいました。妻、「タマ」、息子、「LPG」がいってくれた、
「お父さんが帰ってくる時、目印になるように黄色いハンカチ、屋根にたくさん飾っておくからね」という言葉を信じ、反省の日々を送っています。腰にロープを巻かれ、前に置かれた両手を
刑事の汚れたコートで隠され、青函連絡船の片隅で聞いた「津軽海峡冬景色」、函館港の桟橋から聞こえる北島三郎さんの「は〜るばるきたぜ〜函館〜」、昨日のことのように思い出されます。
刑事が後から軽くポンと私の肩をたたき、「な〜熊吉、自白して胸がすっきりしたあとのカツドンうまいぞ、楽になれ」というひとことに負けてしまいました。
下のファイルの下段にあるメールでの嫌がらせ、愚息の犯行に間違いありません。今までの大罪をお許し下さい。このような私がいうのも気が引けますが、息子に代わり深くお詫びいたします。
http://www.geocities.co.jp/WallStreet/5270/


11 :革命的名無しさん:2005/05/30(月) 15:03:50
  i^〃 ̄´ )⌒) オラッ!!
  (んi ノルノ)ル)
    ゝC)゚ ヮ゚ノ)    ボコッ
    ⊂i:丱と) ∧_∧
     くク__ル`つ)`Д゚>>>www_geocities_co_jp/WallStreet/5270/
      し'  .i つ つ
          ,ノ ,, /
      .・.し'' し'
     .____

12 :革命的名無しさん:2005/06/02(木) 00:34:16
オマンコ気持ちイイ!

13 :AAグロムイ子:2005/06/02(木) 13:57:46
中ソ対立はスターリンと毛沢東の対立に根ざしており1940年代にさかのぼります。
中ソ同盟条約の交渉は極めて難航し、毛沢東は中ソ対立が公然化する前にソ連派の幹部
を粛清していました。
中ソ対立が決定的になったのは1959年です。
1.国内政策の対立。思想用語をもてあそぶことで人権無視を正当化し、一切の言論の自由
  を奪い貧困な個人独裁軍事国家をつくるか、合理的、科学的に経済発展をはかり、一党独裁
  であれ、徐々に自由化をすすめ国民生活を向上させるかの対立。
2.外交政策、戦争観の対立。世界共産化の道として、核戦争に訴えてまで共産化を図ろうと試
  みるか、戦争をできるだけ回避し、共産勢力が厳しい弾圧を受けている地域のみで武力闘争
  を行い、人的犠牲を最小限に抑えるかどうかの対立。
3.国境問題での対立。歴史をさかのぼり武力によってでも国境線を変更しようとする立場と、
  現状国境を守り平和な環境下で徐々に問題解決をはかるという立場の対立。
以上、中ソ間の対立は全面的、決定的であり、世界観が全く異なっており、中ソは「同じ社会主
義国」と考える日本の左翼を混乱におとしいれソ連崩壊後の今日でも本質は理解されていません。
当時の中国側の主張はソ連の立場から見ずとも、常識から考えて極めて奇異であり、世界中の共
産主義勢力の多くは、中国の立場を支持しませんでした。

以後は中国と決定的に対立しつつ、ソ連との一致点が多かったに過ぎないといえるでしょう。


14 :AAグロムイ子:2005/06/02(木) 14:33:35
その中で日本共産党は党機関紙、理論誌などでソ連非難のキャンペーンを
開始し、核兵器問題や民族解放闘争で中国の立場を支持しました。一方、
毛沢東の破産した国内政策、人権蹂躙は無視しました。1966年、日本
共産党が文革開始直後の中国に送った代表団は、帰路に北京空港で暴行を
受け決定的対立にいたりました。
一方それに前後して、ソ連共産党とは対話が開始されますが、ソ連全面支
持はしませんでした。以後は中国と決定的に対立しつつ、ソ連との一致点
が多かったに過ぎないと言えましょう。
1970年代前半に中国は勇ましい言葉とは裏腹に、西側陣営に接近し、
後半から1980年代にかけて、国際共産主義と実質的に全面対決するよ
うになりました。また中国の反日本共産党工作は激しく、対話も行われま
せんでした。
一方ソ連とは、民族解放運動支持でほぼ一致し、友党としての対話、交流
が行われ、日本共産党がソ連崩壊後唐突に強調するような日本共産党破壊
工作など無かったので、全面的にではなくとも友好関係にありました。
以上1959年から1989年までを中ソ対立期としますと、1966年
までは中国支持であり、以後は中国と全面対立しつつ1980年代にかけ
てソ連との関係改善、立場の一致が進んだといえるでしょう。

15 :革命的名無しさん:2005/06/02(木) 15:00:28
>>13
 最近あちこちでお見かけします。旧ソ連がかなりお好きなようで。
それはともかく現在の時点からみれば、国際共産主義というインターナショナルな
運動における主導権争いと、それぞれの国家利益の追求とがからみあって論争は複雑多岐に
わたっていますが、日本の党にとっては「平和共存」か「民族解放」かということだったと
思います.「自主独立」の党としては中国の方に共感したのでしょう。もっとも
日本でも武装闘争をやれといわれて、中国とも分かれたわけですが。
 スターリンと毛沢東の対立はよく知りませんが、中ソ対立が決定的になったのは
フルシチョフの登場からだとおもいますが、どんなもんでしょう。

16 :革命的名無しさん:2005/06/06(月) 13:18:16
はげ

17 :革命的名無しさん:2005/06/06(月) 13:45:38
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18 :革命的名無しさん:2005/06/06(月) 14:02:58
共産党の悪口をいうと、隠れ共産信者、反戦ネットワークのLPG(ねっw)さんに怒られますからご注意下さい。
それと、ねっw!おまえ、「おいら、ブントにほめられちゃった」といって俺に紹介した下のファイル、確かに高田健さんを絶賛しているが、(ねっw)のことなんて一言も書いていないじゃ、人をだますのもいい加減にしろ!
高田 健(許すな!憲法改悪・市民連絡会事務局・九条の会事務局)
http://www.bund.org/editorial/20040505-2.htm


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